本日のテーマ:「常識を覆すモルトケの戦術!デンマーク戦争と普墺戦争で見せた分進合撃」
今回はモルトケが参謀総長として初めて実戦指揮を執ったデンマーク戦争と、彼の戦略が完全な形で炸裂した普墺戦争について解説します。鉄道と電信を駆使した分進合撃がいかにしてヨーロッパの軍事の常識を覆したのか、その全貌に迫ります。
👇今回の見出し👇
モルトケの戦略が実戦で炸裂/デンマーク戦争はウォームアップ/64歳での初陣/シュレスヴィヒ問題/プロイセンとオーストリアの同盟/5ヶ月でデンマーク降伏/鉄道輸送のシステムテスト/1866年普墺戦争勃発/ドイツ統一の主導権争い/ビスマルクの外交術/当時の常識「集結してから進撃」/モルトケの「分進合撃」/各個撃破のリスク/ケーニヒグレーツの戦い/44万人が1日で激突/圧倒的な損害の差/ドライゼ銃(後装式ライフル)の威力/七週間戦争の衝撃/ナポレオン3世の誤算/次回は普仏戦争へ
👇抑えるべきポイントと歴史の流れ👇
①デンマーク戦争とシュレスヴィヒ問題
デンマークとドイツの国境付近にあるシュレスヴィヒの帰属を巡り、プロイセンとオーストリアが連合してデンマークと戦った戦争です。モルトケにとっては、鉄道を利用した軍隊輸送計画が実戦で機能するかを確認する「テストラン」となりました。
② 普墺戦争と分進合撃
ドイツ統一の主導権を巡るプロイセンとオーストリアの戦争です。ここでモルトケは、軍隊を3方向に分けて進撃させ、決戦地点でのみ合流させる分進合撃という当時の常識を覆す作戦を採用しました。鉄道と電信の活用により、大軍の移動問題を解決しました。
③ ケーニヒグレーツの戦いとドライゼ銃
普墺戦争の最大の激戦で、両軍合わせて44万人が激突しました。モルトケの緻密な包囲戦略に加え、プロイセン軍は伏せて装填できる後装式ライフルを採用していたため、オーストリア軍に5倍近い損害を与え、わずか7週間で戦争を終結させました。
■ 関連年表
1864年: デンマーク戦争が勃発(モルトケ64歳の初陣)
1866年6月: 普墺戦争が開戦
1866年7月3日: ケーニヒグレーツの戦いでプロイセン軍が大勝
1866年8月: プラハ条約が結ばれ普墺戦争が終結(七週間戦争)
1870年: 普仏戦争が勃発(次回のテーマ)
🙏番組へのご協力のお願い
少しでも「勉強になった!」「面白い」と思っていただけたら、フォローやレビューをいただけると大変励みになります!
🗣️聞き流し偉人伝からのお知らせ
チャンネルの品質アップ及び永続的な運営のため、サポーターを募集しております。3ドル(約450円)からサポートいただけますので、ぜひ応援いただけますと幸いです。
【サポーター特典】
・サポーター限定配信
・活動進捗の共有配信
・サポーター限定コミュニティーへの招待(予定)
▼下記からサポーター登録いただけます!
https://www.patreon.com/c/ijinden/posts
▼聞き流し偉人伝のWebサイトはこちら
https://kikinagashi-ijinden.web.app/
更新日時: 月・火・木・金曜日の18時に更新中。
Hosted by: 安藤 and 那須(https://twitter.com/nasutokai)
※内容は諸説あります